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ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 785
2013.08.31

今日で炎暑、熱帯夜が連続した8月も最終日です。
しかし、暑いですね。
来週から新年度、新学期が始まりますが、少しそれに因んだ話題をお読み下さい。
先週中盤の8月21日(水)10時半に久々にご来店頂いた元ポルシェクラブ六本木副会長の金子公一さんです。
テレビ局に勤務しアメリカの社長として2年間単身でニューヨーク勤務、先週異動で帰国しました。
大の車好きのポルシェ遣いで学生時代は自動車部に所属しラリーに興じ、ポルシェラブ六本木に所属してからは964カレラ2を駆ってサーキットのドリフトはお手の物でした。
しかし964RSの機敏で軽快な走りに惚れ込み購入し、オドメーターは既に149,820km、2年間車庫に眠っていた、この間オイル交換を2回、渡米前の定期点検で完全に整備され不良箇所ゼロのベストコンディションでした。
早速10月5日(土)に富士スピードウェイで開催されるスポルトファーシューレ 5 への参加をお誘いしました。

「いやぁ、米国ではオートマ車しか乗っていないから乗れるかなぁ」 と謙遜していましたが、富士のレーシングコースでのドリフト走行を思い描いて言っているようでした。

ポルシェ
ポルシェ



今回は車検で入庫しマグネシュームのタペットカバーとチェーンカバーから少しオイルが滲んみ初めていましたから交換しました。
不良箇所は完全に修理を完了しベストコンディションです。
ポルシェ964RS特有の甲高い排気音を残し浅草通りを駒形インターチェンジに向かって走り去っていきました。
次回にお会いするのは10月5日(土)富士スピードウェイのピットを約して。

やはり二年ぶりに帰国されたドイツ在住のピアニストで同姓の金子さんご夫妻です。
同じ日の午後14時半に訪ねて来られました。
お二人は大学を卒業し訪独、現在はシュッツトガルト市立音楽学校でピアノを教え既に在独21年が経ちました。
1992年に初めてシュッツトガルトでお会いしてからのお付き合いでムラタチューンの訪問は5年ぶりです。
地下鉄都営浅草線の本所吾妻橋A2出口を出てそのまま同一の方向に進み二つ目の信号手前を右折し2軒目です。と電話で説明しました。
暫くして今、地下鉄の出口を出たと電話が入り角の交差点まで迎えに出たところ、ばったり出会いました。
挨拶もなし無礼も顧みずシャッターを押しました。

ポルシェポルシェ



ドイツでは内陸部に位置するシュッツトガルトで市民は殆ど海の魚を口にしませんから、新鮮な刺身を食べたいと希望されムラタチューンから徒歩で7、8分の隅田川の花火で刺身盛りと弁当でお世話になった野口鮮魚店に昼の混雑を避けお連れしました。
15時半過ぎの遅い昼食は空腹のお腹を満たし満足頂けました。

旨い魚料理を満喫後の帰路の小学校々門前です。
先程書いたシュッツトガルト市立音楽学校の生徒は4,000人もいるそうでピアノ課は2年待たないと入学出来ないそうです。
車社会同様、音楽が盛んなドイツならではで、その広大な裾野に驚嘆します。
小学1年生の金子さんのお子さんは現在バイオリンを習っていて毎日4、5時間練習を積んでいるそうですが、小学校では当然ドイツ語で日本語、英語を使い分けドイツ語が最も堪能でお母さんは時々文法の誤りを正されるそうです。

ポルシェポルシェ


次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 784
2013.08.30

横浜港ベイブリッチの橋桁を真下から見上げ、その巨大さに感嘆しながら大黒ふ頭手前で航路を左に変え大きな弧を描くように屋形船は回転しました。
ベイブリッチに向かう往路は左舷に見えた“みなとみらい”の大観覧車コスモクロック21を帰路は正面に見て闇の横浜港内を進みます。
変幻自在な彩りで楽しませてくれるコスモクロックのデジタルは午後7時9分を表示しています。
参加者の到着の遅れに伴い出港も遅れ17時40分位となりました。
大岡川の河口の乗船場を離れ直ぐの湾内で暫く停船し、その間に前菜、刺身盛り、女将さん自慢の一晩煮込んだ牛すじ、天ぷら等々の料理が次ぐ次とテーブルに並び、どちらかと云うと飲む方が好きな男だけの我々の席は料理が落ちこぼれんばかりの満杯状態となりました。

横浜横浜




船良し、味良し、景観良し、そして素晴らしい仲間、ポルシェクラブ横浜の皆さんに同行させて頂いた横浜港夏の夕べ懇親会は2時間を経過しいよいよ終盤を迎えました。屋形船正義丸は約40分の横浜港内遊覧の後、大岡川の河口間近に差し掛かりました。
舳先のデッキで立つことが出来ない頭上すれすれで橋脚を通過し、船着き場に向ます。
ポルシェクラブ横浜の“ご一行様”が通るこの時間は満潮ではないそうですが、満潮の時はどうするか質問したところ、出港と帰港のルートを逆にして調整を計るそうです。

横浜横浜



立ち上がったなら確実に橋桁にぶつかる高さは一瞬のことでしたが、頭を押さえられる圧迫感を実感したのは個性と自己主張の強いポルシェ乗りとして良い体験をした気がします。
直ぐ次にコンクリート製の橋脚が迫りましたが、正面にランドマークタワーが屋形船を見下ろすような威容でそびえています。
港に面した建物や信号待ちの車の灯りが水辺に写り、きらきらと宝石のように輝いています。

横浜横浜




ポルシェクラブ横浜の皆さんとポルシェクラブ六本木が昔のように親密な交流を図るため「2013年度活動計画」と10月5日(土)に開催される「スポルトファーシューレ 5 富士スピードウェイレーシングコース」の案内、2014年1月大寒の時期16日(木)から19日(日)まで4日間開催される今期最終の「スポルトファーシューレ 7  ポルシェウィンタートレーニング」のポスターのサンプル3点を添付し、ポルシェクラブ横浜の皆さんにお配りし予備の20部を会長の豊山さんにお渡ししました。
今期後半に開催されるポルシェクラブ六本木のスポルトファーシューレはポルシェクラブ横浜と協力体制で開催が実現する運びとなりました。

最後は豊山会長の音頭で恒例の一本締めを行い横浜港遊覧の屋形船イベントは閉幕しました。
ポルシェクラブ横浜の皆さんの心温まる歓迎を心から感謝申し上げます。

横浜横浜



次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 783
2013.08.29

会社名、有限会社正義丸は1988年横浜万国博覧会の年に横浜では最初のに屋形船事業を設立したそうです。
開業翌年に横浜ベイブリッチが開通しランドマークタワー、赤レンガ街、みなとみらい21が誕生し同船名の屋形船を4隻所有するそうです。
以前は親子二代で横浜港で漁業を営んでいたそうですが、漁業権を市に委ね転業したそうで、船名と同じ社名は父親が命名し息子の現社長竹内 正氏と自身の名を合わせたそうです。

東京湾で夜の遊覧船に乗船したのは既に20年も前のことで記憶は定かでありませんが、羽田空港からの帰路レーンボーブリッチからの東京港の眺めは横浜港程に華やかではないような気がします。

横浜横浜




船長の竹内さんは出港当初、屋形船々尾で操船していました。
右後方に海上保安庁の大型監視船?を見付けたので撮影しようとカメラを後方に向けたところ舳先に案内してくれたクルーにフラッシュの使用を禁じられ理由を聞いたところ船尾で操船する船長の障害になるとのことで納得しました。
ほろ酔い気分で舳先に出初めた我々を見て船長は船尾から船首に移動してきましたが、右手のコントロールボックスで操船しているのには驚きました。
昨日の夕刊各紙に日産自動車がカリフォルニア州で開催したイベントで標識や道路状況を読み取り走行する自動運転車の試作車を公開し2020年の販売を目指すそうですが、20t 近い屋形船同様に技術の進歩に驚くばかりです。
気懸かりなのはニュルブルクリンクのツーリスト走行で自動運転車を走らせたらどうなるんでしょう。
速度とコースライン等を想像すると実用化が楽しみです。

舳先から進行方向前方にベイブリッチが高い橋脚と大股に広げた橋桁をスポットライトに浮かび上がらせ見えます。
その先は大黒ふ頭だそうです。

横浜横浜



船脚は9ノットだそうですから時速20kmにも満たないのですが、意外と早く感じるのは夜目に海面を見るからだそうです。
ぐんぐんと接近するベイブリッチの橋桁の真下を通過し、一路大黒ふ頭方面に舳先を向ける正義丸です。
船首のデッキでは久しぶりの涼風に酔いの心地良さも手伝ってか様々な話題が飛び交っています。

横浜横浜


次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 782
2013.08.28

佐野保夫さんはポルシェクラブ横浜の初代会長を長年務め、乗り継いだポルシェは数知れずアグレッシブな運転技術はポルシェクラブジャパンの会員1,000余名で随一です。
この技量を乞われ2002年ニュルブルクリンク24時間耐久レースに日本人だけのクルーでポルシェ996カップカーのハンドルを握り参戦しました。
204余台が出走し前半は総合8位の激走を果たし健闘しました。
しかしこの耐久レースは参戦車に等しく魔の暗闇が大きな口を開け待ちかまえ、深夜右ドアを2回接触され修復に20分費したことで総合24位でレースを終了しました。
世界一過酷なこの24時間耐久レースは土曜日16時にスタートし1/2経過した翌朝には参戦車両の半数が事故ないしメカニカルトラブルでリタイアないしピットでの修理を強いられる過酷なレースで完走143台ですが、その中にはチェッカー間際にコース上に停止した仲間の車両を後方から押しチェッカーを受ける車両も出現しての完走でリタイアは57台です。
このレースに参戦後日本のモータースポーツ専門誌に紹介されたことを切っ掛けに翌年はポルシェクラブ六本木の校長を勤めて頂いている津々見先生もトヨタのアルテッツァ3台で参戦され先生が乗る車のみリタイアせず唯一無事故で完走、これを機に更に日本からニュルブルクリンク24時間耐久レースに参戦する参加者が増える機運が生まれました。
現在はコースの歴史や模様が雑誌に紹介され、日本からニッサン、トヨタとスバルはワークス体勢で参戦する切っ掛けを作ったのです。
その最初の主役を演じた佐野さんとレースに同行した順子婦人です。

飲むほどにご婦人方もますますにこやかになり自己紹介となりました。
素晴らしい雰囲気のポルシェクラブ横浜のみなとみらいのイベントは夏の夕闇の中でひと際、明るさを増す屋形船正義丸の宴会です。

横浜横浜



ブログに掲載する場合も レディーファーストと言うのでしょうか。
写真右、豊山会長のご婦人でクラブ創立期からサーキットで良くお目にかかっていました。
第2回ポルシェパレードが開催された鈴鹿サーキットのレーシングコースで930のハンドルを握り、美しいラインで走っていた記憶を自己紹介の挨拶をお聞きし思い出しました。
マニュアル車でABSもパワステも装着されていないあの時代のポルシェで通称逆バンクを見事なハンドルさばきで走っていましたから、会津の八重桜のような女性です。

ご主人豊山洋輔会長の軽妙な挨拶と司会で屋形船による横浜港のクルージングはますます盛り上がりを見せています。

横浜横浜



進行方向左宴席から右へと自己紹介が進み赤のイタリア車からポルシェに乗り換え、理事会に必ず出席するポルシェクラブ六本木の山田真一さんです。
山田三兄弟の次男とサーキットイベント後のパーティーで自身が自己紹介をしました。
同姓の会員が3人いて、年令順だと2番目でしたから、ひょんな弾みでそのような自己紹介になりました。
発想の豊かさと行動力で日本中を駆け回り、初対面でも会った人はその人柄に魅せられ成約すると云う希有な存在です。

ポルシェクラブ六本木が主催する海外及び国内のサーキットを主体にした全てのイベントの詳細を押さえ計数に強い副会長の加藤さんです。
難しい顔をしたくなるような事も、いやな顔ひとつしないのでニュルブルクリンクで開催したスポルトファーシューレの宿泊先ホテルでは添乗員に間違えられコンセントの不具合を直すようホテルに伝えてほしいと素性を知らない会員以外の参加者に云われ対応する柔軟性と人柄の良さは大企業の役員とはとても思えません。

今回の屋形船イベントも器用に難問処理に協力頂けそうな二人を当てにして締め切り日に3人申し込みを済ませ豊山会長との京都での約束を履行できました。忙しいところご協力頂きましたお二人に感謝を申し上げます。

横浜横浜



次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 781
2013.08.27

ポルシェクラブ横浜が恒例で開催する屋形船で横浜港を遊覧する夏の夕べにポルシェクラブ六本木から申し込んだ3人の内の2人です。
乗船場でポルシェクラブ横浜の会員から丁寧な挨拶を受け恐縮する加藤副会長と山田理事です。
朝から15時位まで雨の予報でしたが運良く外れました。
加藤さんは日曜日にも関わらず朝から出社し15時頃水道橋から、山田さんは仕事で直ぐ隣の関内から桜木町駅に来ました。
その他の理事は出張中が3名、会長の小林さんはモンゴルで開催されたラリーで10日ぶりに帰国、草原に点在する小さな町でイベント案内のmailは受信したが帰国直後で予定がたてられず不参加
前日21時30分までエビスサーキットで12時間耐久レースに参戦、レース仲間20名近くと那須の別荘での打ち上げ会は朝4時半過ぎまで続き、その日の夕刻過ぎに東京に帰着で参加不可能1名、行方不明の未回答1名

強引に時間調整しての参加で何とか3名を数合わせしての約束履行でしたが素晴らしく、面白かったです。
当然来年もとなったのは云うまでもありません。

横浜横浜



豊山会長の挨拶に続き、船長の女将さんの挨拶と膳に並ぶ料理の種類と時間の説明、最後に船内案内があり、3人目副会長の高岡さんが短い程良いとの挨拶でまだ到着しない1名を除き乾杯となりました。

横浜横浜



運ばれる料理はどれも女将さんの手料理と思われ美味しく、当然箸運びも良くなりますから、飲みっぷりも良く屋形船の船内は出港前から大いなる賑わいを見せています。
ポルシェクラブ横浜とポルシェクラブ六本木は幾つかの共通点がありますが、その最も似通ったところは、サーキット走行の好きな会員が多いことです。
今後開催するイベントは双方のポルシェクラブが協力することで、より多くの参加者を募り質の高い内容の企画で参加者に喜んでもらえるように理事会出席者全員が知恵を出すことです。
それを実現することで個々の企画で赤字が出ることを防止でき、より多くのポルシェ乗りに参加してもらい喜んでもらえる内容の企画を立案するため理事が一致協力することです。
ポルシェクラブ横浜の屋形船イベントがその足がかりとなるでしょう。
参加されたポルシェ乗りの満面の笑みが証明しています。

横浜横浜



次回に続く